クールな男の話

会社の先輩
「俺さー、同僚の女性にここよりも条件いい話があったら是非そっちへ転職すべきだよって話したんだよ。そしたら微妙な感じになったんだよね。別に俺、そいつが好きとかじゃないし、その人じゃなくたって仕事回ってくから”正直に”そう言ったんだよ。嘘つきたくないから。」


私はとても困っている。なぜかというと、彼と話しているとまるで自分がハッタリ野郎みたいで気分が悪くなるからだ。


私は嘘をつく。最近は、息を吐くように嘘をつけるようになった。相手に嘘とわかるように嘘を言えるようにもなった。でも、私の嘘は相手を陥れるための嘘ではない。いや、陥れているのかもしれない。でも、最終的に相手の福利に与するために嘘を言っている。私の嘘は洒落のつもりなのだが、先輩と話をするとまるで悪人なのである。彼は正直が正義だと思っているのであって、嘘は悪だと思っている。そんな彼だって、今にも嘘をついているのにである。


クールを装っているのかもしれない。女には興味がない、かっこいい男を演出したいのかもしれない。それならそれで結構な話だ。だが、それを洒落で言っている間は、私はこんなに困らない。そのクールさをあたかも本性だと言って、実践した結果が微妙な空気になったことが、果たしてよかったかどうかなのだ。


仮に同僚の女性が転職を考えているとする。しかし、今まで上司(先輩)の元で働いて、自分の働きぶりがどうだったかを知りたかったのかもしれない。そこで訊いてみたのだ。もしいい条件の職場があったのなら私はどうしたらいいだろう、と。アッサリしていたら私は駒の一つだったのだろう。でも、もしそうでないとしたら、先輩も私を買ってくれていたのかもしれない。だが、返ってきた答えは素っ気のないものだった。ただ、「君がいなくなると困るな-」と軽く言ってくれるだけで良かった。それだけで、私はここにいて代え難い存在だったと実感できたからだ。


私も、その同僚の女性に特別な感情をもっていない。でも、同じ部屋で共に仕事をしてきたのだから、同僚がここではないどこかへ行きたいとなった時、ちょっとまってと言うぐらいの洒落を言う準備がある。例えそんなこと思っていなくても、そうすることで同僚は悪い気はしないのだから。そして、私がそんな小さな嘘を言ったところで、同僚が転職するかどうかの結果は変わらないだろうから。


・・・あ、そうか。先輩がゲイである可能性も否定できない。