子どもの独白

先日から家庭の事情が変わり、家も忙しくなってきた。
それ以前からも、そこそこ忙しかったのだが、扶養家族が増えてより拍車がかかるようになった。


それにしても、仕事はギリギリこなしている。
スケジュールは余裕のない状態だが、すべてが順調に行けばうまくいく設計になっている。


危ういが、仕方のないことである。


わが部所の業務分担は後方支援が皆無であり、かと言って自分のすることを全て自分が決定していいわけではない。私が責任をもって行なうことを、うまくいけば上司に取られ、うまくいかなければ私のせいになるという、極めて理不尽な設計になっている。


どこもそうなのかもしれないけれど、改めて文章にしてみると理不尽である。
そんな状況を、なんとか気持ちに折り合いをつけるために夜な夜な苦しんでいる。


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それにしても、自分では勝手な言い分であることは十分承知なんだけれど、家庭の事情によりハンディキャップを負っている身であるにも関わらず、それが加味されないというのも辛い。
たしかに、それを言い出したら、それぞれ家庭には大なり小なりハンディキャップはあるというのは、そのとおりである。でも、そのハンディキャップを理由に仕事ができなかった場合に、心理的なペナルティが課せられるのは、それも理不尽だと思うのである。


私は根が邪悪なので、この状況を以下のようにしようと思っている。


わが社では、被災地支援として社員を1週間のスパンで現地派遣している。
最初のうちは、一人また一人と派遣され、行くことにも意欲があったのだが、行った人間が増えるにつれ、今度はそれがスタンダードになってきた。
つまり、「現地に行かなければ社員じゃない」的な雰囲気ができてきたのである。


私はまだ現地に派遣されていない。
それは、上記の家庭事情が影響している。これまでは妊婦を抱えていたし、今度は生まれて間もない新生児を抱えている状態であるため、日中はいいのだけれど、夕方から夜は、家にいることが前提で家事を設計している。その時間帯は外出などを避けているのである。
それが理由で、現地への派遣はホールドしてもらっていた。


しかし、子どもが生まれたとたん、「派遣されるべし」という話がポロポロと聞こえてきた。


気持ちはわかる。もう生まれたのだから、後は妻が世話をすれば手が空くだろうという意見も、わかる。しかし、それがどれだけ呑気で、子どもを育てたことのない人の意見であるかということも、今の私には身に染みて分かっている。


だから、私は徹底的に派遣を断ろうと思っている。


私は「派遣されるべき時に派遣を断った人間」としてマイノリティになるだろう。しかし、私はそれを選ぼうと思う。実際に1週間の派遣は難しいし、「皆が行ったのだからお前も行くべし」というその日本人的同調圧力を否定する自分としては、ここは決して引き受けるわけにはいかない。
しかるに、私は派遣を拒む身であるので、当然わが社の派遣された人達に対してその仕事ぶりを批判することはないし、派遣制度自体を否定するつもりもない。
ただし、派遣された人達が私に向かって「派遣されるべき時に派遣を断った悪しき社員」というレッテルを貼るのならば、私は家族の威信をかけて戦わねばならないだろう。