こうして僕はここにいます

左足がダルい。かれこれ二週間この状態だ。


朝起きてみると、少しダルさもとれている。でも、この「ダルさが朝軽くなる」ということも二週間同じだ。
起き上がるのが少ししんどいので、座りながら敷いてある布団をたたんで、同じように転がっている子供たちを起こしてみる。当然一発では起きなくて、そのままにしておく。このあと、いつも一階のリビングへ下りていくときに、あわてて起きてくることも知っている。
一通り布団を片付けた後、一歳の次男を抱えて一階へ下りる。


妻は先に下りていて、台所で朝ごはんを作ってくれている。朝が苦手な僕にとって、とても助かっている。
次男をリビングにおろして窓のシャッターを開けると、朝日が入ってくる。ちょうど二週間前から朝晩冷えるようになってきた。窓をあけると今日も冷気が入ってくる。
そうしているうちに、次男が窓から外を覗きに来る。彼は、リビングの窓から外を眺めるのが日課なのだ。レースのカーテンを勢いよくめくって、窓の向こう側を確認するように見ている。


僕は妻の様子を見ながらトイレに入る。
iphoneは持っていく。
朝に最初に活字を見るのが新聞ではなくiphoneになったのは去年の秋頃だ。でも、あまり眺めていると時間がなくなってしまうので、意識的に切り上げる。


朝食はだいたい食パンにバターを塗りつけたものを食べる。ウインナーと目玉焼きも一緒だ。別々に食べると時間がかかるので、食パンにおかずを挟んで食す。これが存外おいしいのだ。熱いお茶も飲む。


整容を済ませ、妻が入れてくれた水筒をカバンに入れて玄関へ行く。
三人の子供たちに「行ってきます」をしなければならないことになっているので、一人ずつ握手をしてバイバイと手を振る。この儀式を最初に行ったのは長女が保育園の時だ。保育園で朝送った後、お別れをするときの礼式が今も続いているのだ。


玄関を開けて、外に出る。


冷たい空気が肺中に入ってくる。ポストに取り忘れた新聞があるけれど気にしない。ゆっくり歩いて、小学校の交差点まで歩く。


そんな朝。何でもない朝。


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タイムカードを押して、廊下に出る。
仕事は一般的に見れば恵まれた環境なんだろうけど、それでも嫌な事はたくさんある。
家庭を持ってから仕事のくだらないことは家に持って行かないことにしている。そんなものを持ち帰っても、置いておく場所も、話さなければならない相手もいないからだ。
前に仕事のことを妻に話したことがあるが、そうしたことで雰囲気が良くなったことなど一度もない。
僕はタイムカードを押したその時から、そういうくだらないことから身体を解放するのだ。


一番左のエレベーターを使うことが多い。四階から下りて、南側の出口から外に出る。最近は日が短くなってきたので、やや薄暗い。
少しぬるい空気を肺にいれながら自転車が止めてあるところへ歩く。外に置きっぱなしの自転車は傷むのが速い。つい最近もパンクをしたけれど、原因は虫ゴムの劣化だった。換えてからは空気が抜けることはない。
スクランブルの交差点を渡ると駅まではノンストップだ。並木道をくぐって車道を確認しながら斜め横断をする。車道と歩道の境界が僕の走る道なのだ。
あるいは、道はそういうところにあるものだ。
駅の近くに自転車を止める。隣にはいつもの赤い自転車が止まっている。持ち主の顔も知っている。


小走りで地下の改札まで階段を二段抜かしで駆け下りる。最近は踏み外したりしない。思い切って足を前に出すのがコツだ。
電車に乗る前にカバンから本を取り出す。電車が来て中に入ると、今まで見たことがある人がだいたい乗っている。判で押したような通勤をしていると、同じようにしている人々は顔を覚えてしまう。特に僕は顔を覚えてしまいやすいので、繰り返し乗っている電車の人の顔はすぐに記憶してしまう。
入って正面の扉にもたれかかって、本を開く。本を読むのは遅い方なので、八分間の乗車時間のうちで読めるのはだいたい二頁ほどだ。
本を読んでいるうちに乗り換えの駅につく。本は手に持ったまま、電車から飛び出すように降りて、改札までの階段を下っていく。
左足がダルいので走るのは嫌だけれど、最近編み出した方法で走るとあまり疲れずに走ることができるようになった。足だけを動かすのではなくて、身体を「く」の字に折るようにして走ると疲れずに速く走ることができる。こうして次の乗り場まで行く。


バスは苦手だ。普通に乗っていれば酔うことはないが、身体を前傾にして座ると呼吸が浅くなり、それがバス酔いする原因になる。バスはあまり気分のいいものではない。


バスを降りると、家は歩いて四分ほどだ。母校の前で降りて、暗くなった交差点を眺めながら歩いていく。たまに、知った先生の車が止まっていると、「まだ仕事してるなぁ」と考えながら歩道の白線を踏んで歩く。
家までは幾つかルートがあるけれど、いつも同じだ。余り狭い道を選ばない傾向があるようだ。歩きながらイヤホンを巻いて仕舞う。家に入ってから片付ける手間を少なくするためだ。
家の前に立ち、ポストを裏側から覗く。たまに郵便物が入っていたりするが、今日は入っていない。
玄関の扉を一度引いて鍵がかかっていないかを確認する。かかっているとたまに長女が気付いて開けてくれるが、だいたい僕の鍵を使って入る。


そうやって僕は宇宙からベースへ帰ってくるのだ。そんな家路。