カインの呪い

ある日2人は各々の収穫物をヤハウェに捧げる。カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェアベルの供物に目を留めカインの供物は無視した。嫉妬にかられたカインはその後、野原にアベルを誘い殺害する。その後、ヤハウェアベルの行方を問われたカインは「知りません。私は弟の監視者なのですか?」と答えた。

昨日の夜中に突然この話が舞い降りてきた。どうしてかと思って考えていたが、あるアイディアが浮かんだのでここに記す。


アイディアとは、アベルは呪い殺されたというものである。


「そんなことはない、カインに刺されたんだろ」「そんな呪術で殺されてなどいない」というご批判もあると思うが、ちょっと聞いてほしい。
このお話は、兄弟間の心の葛藤を描いたものとして一般的には理解されている。やや乱暴に解釈すると、兄弟は常にこのような不平等に晒されており、常に葛藤を抱えた関係だということと思われる。
私が閃いたのは、カインとアベルは神の選択によって差が生じたこと、そして選ばれたアベルの立場は最終的に呪われる存在になるだろうということである。重要なのは、呪いが起動する前提条件が、選択されることによる「差」そのことであること。その差が現れることの起源は、選択される当の人々に現前しないということだ。


この解釈を思いついたのは、私の職場でこの話と全く同じことが起こっていたからだ。


ここにある職場がある。4人チームの小さな職場。
そこに、新規採用で1人の女性が入ってきた。仮にAさんとする。Aさんは然るべき手続きを経てチームに迎えられる。仕事もよくできて、とても優秀な女性であった。
そんなAさんのチームのBリーダーは、Aさんがちょっと苦手であった。Bリーダーはこのチームでは王のように振る舞っている。AさんはそんなBリーダーに評価されようとがんばっているが、思うようにはいかない。でも、仕事は一生懸命やっていた。
実はAさんが採用される少し前、Cという女性が採用されていた。Cは、Bリーダーが前から目をつけていた他の部門からの引き抜きだった。いや、実際に引き抜かれたのかどうかわからない。しかし、Bリーダーが目をつけていた人間が、部下として迎えられたという事実を、Aさんはしばらく知らなかった。


Bリーダーから祝福を受けてチームに入ってきたCの姿は、Aさんの目にはどう映っただろう。
理由がわからなければ、「同じ職場なのに、同じ部下という立場なのに、何でCばかりが」と思ったに違いない。


AさんとC、Bリーダーの関係は、まさにカインとアベルヤハウェの関係そのままに思われる。AさんとCは能力も大して変わらない。ただ、BリーダーがAさんの前にCを抜擢してきたというそのこと、Cが「選ばれた」存在だというその小さな「差」が、Aさんにとっては己の否定になるのだ。果たして、呪いはこの「差」に荷担している人々、CだけでなくBリーダーにも起動するのだ。


Cにとっては誠に不本意だろう。なぜ私が呪われなければならないのかと思うだろう。だが、理由もなく呪われたりはしない。もしその理由は何かと考えたとき、カインとアベルには神が供物を選ぶという、ほんの僅かの、しかし決定的な差が、呪いの起動理由として存在することに気がつくだろう。


ヤハウェがカインではなくアベルを選んでしまったこと。そのことがこの話形での、呪いが発動する条件なのだ。


この構造は、BリーダーとCのみならず、Bリーダーが引き抜いてきた人間は全員呪われるという仕組みになっている。案の定、この後チームに入ってきた人たちは次々に呪いが発動し、やがてチームはうまく回らなくなっていく。常に感情的な問題が起き、余計なルールが蔓延する。もはや、こうなってしまったら、呪いがかかったBリーダーが非業の死を遂げるか、Bリーダーの引き抜いた人たちがいなくなるまで、この呪縛が解けることはない。


解決策はあるだろうか。もはやアベルは呪死するしかなく、ヤハウェは呪われたままなのだろうか。


希望があるとすればヤハウェはカインの捧げ物も受け取ること。あるいはアベルヤハウェとの心的距離をカインのそれか、それ以上とること。このお話から導かれるヒントは、凡人の私にはこれくらいしか思いつかない。


冷たいことを言うが、私は彼らを救おうなどとは思っていない。彼らには、神のごとき振る舞いをした報いをしっかりと受ければいいと思っている。私は神ではないし、身の程をわきまえているつもりだ。